ものづくりと物語
Vol.2 全自動コーヒーメーカー
レジェンドも認めた、本物の味わい。
企画デザイン部 岡田剛
“ものづくりの町”として世界的に知られる新潟県燕三条地域に本社を置く「ツインバード」。その商品にはすべて、開発者の熱い思いと、物語が存在します。今回はツインバードを代表するヒット商品「全自動コーヒーメーカー」誕生の物語を、担当者目線でお届けします。
全自動コーヒーメーカー
目指したのは、世界一おいしいコーヒーメーカー
私が商品企画として関わった、ツインバードの「全自動コーヒーメーカー」は、“コーヒー界のレジェンド“田口護氏監修のもと、匠の技を再現することにこだわった本物志向の家電です。
はじまりは、弊社社長・野水との出張中の会話でした。ツインバードはコンパクトな会社ですから、社長との距離も近く、話をする機会が多くあります。それは、中国の協力工場への視察の際に立ち寄った、空港のラウンジでの出来事でした。野水はふと、真剣な面持ちで私にこう言いました。
「ツインバードは家電メーカーとして、さらなる高みを目指したい。そのために、世界一おいしいコーヒーメーカーを作ってくれないか」
私は驚きました。なぜなら私自身も、昨今のコーヒーを取り巻く潮流を見ているなかで、「自宅でもカフェと同等以上のクオリティが楽しめる、本物志向のコーヒーメーカーを作るべきだ」という思いを抱いていたからです。こうして帰国後すぐに、“世界一おいしいコーヒーメーカー”開発プロジェクトが始動しました。作りたいと思っていたものを作れる。当時、私の心はウキウキしていました。しかしそのときの私は、まったく気づいていませんでした。素人のコーヒー好きが“世界一”に挑戦することの難しさ、そしてコーヒーの裏に隠された奥深さを、機械で再現することがいかに大変であるかを──。
はじめは、遥か遠くに感じた「完成」
もしも自宅でバリスタの淹れるコーヒーが気軽に楽しめたら、日常はずっと豊かなものになる。世界一おいしいコーヒーメーカーが完成すれば、それは夢ではなく、現実のものになります。だから味も道具も、そこにある暮らしにも妥協せず、“世界一”に全力で挑戦しようと考えました。
現在、日本は世界第4位のコーヒー消費国です。その消費量は年間500億杯とも言われています。種類も豊富で、多種多様の「おいしさ」がそこには存在します。缶コーヒーからはじまり、コンビニコーヒーや喫茶店、高級コーヒー専門店など、一杯のコーヒーにこれだけの選択肢があるのは、国民的飲み物である証でしょう。
当然、私も含め、開発スタッフたちにはそれぞれ思い描く理想の「おいしいコーヒー」がありました。しかし、なぜおいしいと感じるのか、どうしたらおいしいコーヒーを淹れられるのかは、誰もわかりませんでした。なぜなら開発スタッフは全員、コーヒーの“素人”だったからです。素人が世界一のコーヒーメーカーをつくる。それは、とても険しい道のりに思えました。しかし私たちは本気でした。日々、本を漁り、コーヒーの知識をゼロから学びなおし、ひたすらコーヒーを淹れては飲み続ける毎日。しかし何度淹れても、納得の行くコーヒーの味には、たどり着くことができませんでした。それはまるで、出口の見えないトンネルのようでした。
バイブルとの出会い。見つけた希望
そんなある日、目の前に、一筋の光が射しました。私たちが求める「理想のコーヒー」のヒントが詰まった、一冊の本に出会ったのです。それが、“コーヒー界のレジェンド“田口護さんの著書でした。おいしいコーヒーを作るのに必要な要素が、わかりやすく解説された本の中には、私たちが探し続けていた“答え”が詰まっていました。私たちは、同書をバイブルにして、「世界一おいしいコーヒーメーカー」の開発を続けました。
しかし、本にある要素をきちんとおさえてコーヒーメーカーを作ってみたものの、私たちはコーヒーの味にどこか「物足りなさ」を感じていました。結局「何をもっておいしいのか」は、わからないままだったのです。そのとき開発スタッフのひとりが「田口先生に監修してもらえたらいいのに……」とつぶやきました。私は「それだ」と思いました。
コーヒーメーカーの試作に明け暮れる日々
意を決して臨んだ、神様へのプレゼン
擦り切れるほど本を読んだ私たちにとって、田口先生は神様のような存在になっていました。世界一おいしいコーヒーメーカーは、神様の協力なしには実現できない。そう考えたことは、私たちにとって自然の流れでした。駄目元でもいい。意を決して、私は田口先生に会いに行くことにしました。新潟から、先生のいる東京・南千住にある名店「カフェ・バッハ」へ。もしも断られたら、夢は夢のままで終わってしまう。そう思うと、期待と不安でいっぱいでした。
先生は私たちを笑顔で出迎えてくださいました。私はいかに自分たちが“本気”であるかを、今日までの道のりも含めて説明しました。小さな家電メーカーだけど、思いだけは誰にも負けない。とにかく必死でした。すると、ひとりしきり話を聞いた先生は、こう言いました。
「いいね。素晴らしい挑戦だ。協力するよ」
レジェンドが、協力してくれる。頼もしいお返事に、うれしさと興奮で胸がいっぱいになったことを、いまでもよく覚えています。こうして、先生の本と出会い、先生に監修していただけることになったことで、「全自動コーヒーメーカー」の開発は完成に向けて、一気に加速しました。
カフェ・バッハ 田口護氏
直面した「豆の粒度」という課題
田口先生の協力を得て、コーヒー研究を進めるうちに、「おいしいコーヒー」を作るには、大きく3つの要素が必要であることが見えてきました。
1.正しいドリップ
2.抽出温度
3.豆の粒度
たとえ同じコーヒー豆を使っていても、この3つの要素のうち、どれかひとつでも異なれば、まるで違った味わいになってしまいます。それほどコーヒーとは、非常に繊細な飲み物なのです。
「ドリップ」は、コーヒーの味わいを決める非常に重要な要素であり、均一に全体にお湯を注ぐ田口先生のドリップは、まさに匠の技。一朝一夕では真似できない技術です。しかし「均一性」というのは、機械が得意とする領域でもあります。私たちは田口先生の監修のもと試行錯誤を重ね、6箇所のノズルを精密に制御することで「6方向シャワードリップ」を生み出し、匠の繊細なハンドドリップを再現することができました。さらにコーヒーの抽出にベストな「抽出温度」についても監修いただき、細やかな温度調節を取り入れたことで、最適な抽出湯温を実現し、味はより一層おいしくなりました。
しかし、そこに問題が立ちはだかりました。それが「豆の粒度」、つまり粉にする過程です。コーヒー粉の粒度、つまりコーヒー豆を挽いた後の粒の大きさは、コーヒー成分の出方や濾過速度を変え、風味に大きな影響を与えます。「おいしいコーヒー」を生み出すためには、豆の粒度は均一である必要があります。ですが、既存のコーヒーミルの刃では、どうしても粒度が揃わず、雑味を生む微粉が出てしまうのでした。
私たちは途方に暮れました。ですが、その答えはすぐそばにありました。なぜなら、私たちがいるのは“ものづくりの町”燕三条だからです。理想のものがないのなら、作ればいい。すぐに思い立ち、地域の金属加工の職人を訪ねました。すると、職人さんは二つ返事で刃の試作を始めてくれました。その頼もしい背中に、私たちは希望を託しました。不安がなかったわけではありませんが、燕三条の底力を私たちは誰よりも知っています。きっと大丈夫だ。そうして何度か試作品を作るなかで、ついに私たちは、粒度の揃った豆を挽ける、ツインバードオリジナルのミル刃の量産化に成功しました。
豆の粒度が均一になると、コーヒーの風味も格段に向上。“世界一おいしいコーヒーメーカー”と呼べるものに、ついに辿り着いた。私たちは、このとき初めて確信しました。
6方向シャワードリップ
抽出温度は求める風味ごとに選べるように
燕三条産 ツインバードオリジナルの刃
レジェンドも認めた、本物の味わい
その後も細かい調整を続け、ついに最終審査とも呼べる試飲会の日を迎えました。「認めてもらえるだろうか」という不安のなか、先生にコーヒーをお出ししました。田口先生は口にふくむと、少し間を置いて、「おいしい」と言って、笑みを浮かべました。そして「よくここまでがんばったね」と労ってくれました。そのときは思わず、これまでの道のりを思い出し、目頭が熱くなりました。また、田口先生がその完成度の高さに「機械でこんなにおいしいコーヒーができるなら、自分たちもうかうかしてられない」とおっしゃってくださったことも、非常にうれしい出来事でした。
もちろん、ハンドドリップには、ハンドドリップのよさがあります。その日の気温や湿度、お客さまの要望によって、淹れ方を微妙に変えて、味を変化させる。そうしたことは機械ではできません。しかしそれに限りなく近いことが「全自動コーヒーメーカー」では体感できます。
コーヒーを挽くところから始まる一杯は、味だけなく、香りと音でも楽しませてくれます。いつもの日常が、特別な日常になる。私は自信を持って、そう断言できます。
岡田剛(おかだ・つよし)
ツインバード 企画デザイン部
東京で建築関係の仕事を経験したのち、ツインバードに入社。
以来、浴室テレビやLEDを活用した照明、冷蔵庫など、多岐にわたる商品の開発、マーケティングに携わる。開発における信条は「パッションなくして、感動なし」。
全自動コーヒーメーカー
“コーヒー界のレジェンド”カフェバッハ店主の田口護氏監修のもと、匠の味を自宅でいつでも楽しめるコーヒーメーカー。抽出温度、豆の挽き方など、お好みの組み合わせで自分だけの至高の一杯を追求できます。