ものづくりと物語
Vol.8 ケアドライヤー
平安時代からヒントを得た「低風量・低温度」
企画デザイン部 鮎沢紗希
“ものづくりの町”として世界的に知られる新潟県燕三条地域に本社を置く「ツインバード」。その商品にはすべて、開発者の熱い思いと、物語が存在します。今回は、グッドデザイン賞も受賞した「ケアドライヤー」の開発秘話を、担当者の目線からお届けします。
開発の原点は、「大風量・速乾」への疑問
美大を卒業後、ツインバードに入社。1年ほどが経ったある日、私は「ヘアドライヤー」の新規プロジェクトのメンバーに任命されました。ついに新規プロダクト開発に関われる! 私は大きな喜びに包まれていました。しかしヘアドライヤー市場は激戦区です。新製品が市場で受け入れられるためには、明確なコンセプトと、独自性の高い魅力的な機能が必要です。そしてその実現が決して簡単ではないことを、私はよくわかっていました。
ですが、立ち止まっていても仕方ありません。まず私は、ヘアドライヤーの本質的な価値とは何かを考えてみることにしました。もちろんドライヤーは、髪を乾かすためのもの。ですがそれだけではありません。私たちが髪を乾かすいちばんの理由は「髪をきれいに仕上げたいから」ではないでしょうか。つまり多くの方にとって、ヘアドライヤーとは髪をケアする道具なのです。
当時、2019年頃のヘアドライヤーの主流は「大風量・速乾」でした。たしかに速く髪が乾くことはうれしいことですが、髪にとって、大風量・速乾が本当によいことなのか、当時から私は疑問を抱いていました。なぜなら、強い風や熱によって、髪は乾くと同時に、傷む可能性があるのではないかと考えていたからです。ならば、髪を真に美しく乾かす、新しい発想のヘアドライヤーを開発できれば、それは市場に、まさに“新しい風”を吹かせることになるのではないか。私はそう考えました。
こうして誕生した、低風量・低温度の「ケアドライヤー(TB-G008)」は、2020年にグッドデザイン賞を受賞。私は大きな達成感に包まれました。ふと振り返れば、完成までの道のりは、長く険しいものでした。ただ私は日々、とても充実した時間を過ごしていました。
多くの人が誤解しがちな「髪のケア」
髪を美しくするドライヤーを開発するにあたり、私は髪の勉強から始めました。髪の構造などを知らずに、よいドライヤーをつくることはできないと思ったからです。それこそ、髪が生える仕組みや頭皮、毛根のことなど、髪にまつわることなら何でも調べました。おかげさまで、いまでは、髪に関する知識は社内一だと思います(笑)。
調べてみると、ドライヤーの重要性をより実感することになりました。「髪のケア」と聞くと、多くの人は、シャンプー・リンス・トリートメントに意識が行きます。もちろん、洗うという行為も大事ですし、そこで何を使うかも大切な要素です。しかし、どんなに高級なシャンプー・リンス・トリートメントを使っていても、乾かし方が悪いと、髪は傷んでしまうのです。
なぜなら、髪がいちばん傷みやすいのは、濡れているときだからです。濡れている髪は繊細で、そのときに強い風を当てると、髪のキューティクルが剥がれてしまうのです。また、これは髪が乾いているときも同様ですが、髪は高い温度にさらされると、傷んでしまいます。つまり、濡れた状態の髪を、いかに負担をかけずに乾かすか。ここに、髪のケアの真髄があるのです。なのに、どうも二の次にされてしまっている現状がある。そこにヘアドライヤーの課題と、本質的なユーザーのニーズがあると私は思いました。
参考にしたのは、平安時代の女性の「髪の美しさ」
「髪を乾かしたい」の奥にある、「きれいな髪」を求める想い。これは、1000年以上も前から存在するニーズでもあります。平安時代の女性の絵を見ると、長くてきれいな髪が描かれていますよね。その頃からすでに、私たちは、美しい髪に価値を見出していたことがわかります。そうした美意識を鑑みれば、現代を生きる私たちもきれいな髪に憧れるのは、自然な流れなのではないでしょうか。
では、美しい髪が印象的な平安時代の女性たちは、どうやって髪を乾かしていたのか。調べてみると、ヘアドライヤーもない時代、彼女たちは、1日かけて弱い風を当てながら乾燥させていたようなのです。その乾かし方というのは、扇子を使ってあおぐというもので、限りなく「自然乾燥」に近いものでした。
もしかすると、平安時代の女性の髪が美しい理由は「自然乾燥」にあるのかもしれない。私はそう考えました。ならば開発すべきは、「まるで自然乾燥のような仕上がりになるヘアドライヤー」だ! と閃いたわけです。こうして、コンセプトが定まったことで、髪を乾かすのではなく「髪をケアする」ことを目的とした、新発想のヘアドライヤー開発は本格スタートしたのでした。
目指したのは、まるで自然乾燥
実際に髪を使った実験もたくさん行いました。髪と熱の関係や、美しい髪に必要な水分量などを調査。すると、大風量・速乾タイプのヘアドライヤーには、「時短」実現のために、いくつかの問題があることがわかりました。先ほども述べた通り、“過剰な風量”は、髪同士が擦れキューティクルを傷付ける要因になりますし、時短のための高温仕様は、髪をタンパク変性させてしまい、髪質を硬くさせる要因になるのです。
やはり理想は、平安時代の女性のような「自然乾燥」。ですが、忙しい現代において、髪を自然乾燥させるのは物理的に難しいですよね。そこで私たちが目指したのは、“まるで自然乾燥”のような仕上がりを実現する、低風量・低温度かつ「速乾」のヘアドライヤーでした。
髪の水分量を測る様子
「遠赤外線」という最適解の先にあった、ノズルという問題
少ない風量、低い温度で乾かすためには、髪に近づけて乾かすことが必要です。しかし、近づけ過ぎると、髪を傷める可能性もある。どうしたらよいのだろうと、私は悩みました……。そんなとき、調理器具や暖房器具に使われている「遠赤外線」という選択肢に出会いました。遠赤外線には、分子を振動させて温めるという特徴があると言われており、低い温度でも、しっかりと熱を伝えることができるのです。温度も低いので、髪を傷める心配もない。これだ! と私は思いました。
しかしそれだけでは理想のヘアドライヤーには、辿り着けませんでした。問題は、ヘアドライヤーのノズルにありました。均等に風を出し、遠赤外線の力を効果的に髪に伝えるためには、既存のノズルでは難しく、新たに開発することになりました。すぐに試作品づくりを開始。トライ&エラーを繰り返し、ようやく完成したのが、独自開発した「十字形ワイドノズル」です。
このオリジナルのノズルを開発したことで、ケアドライヤーの原型が誕生しました。近づけて振らずに乾かすという発想の実現。髪から5cmの近距離で使用するため、髪にムラなく温風と遠赤外線が当たり、しっかりと速く乾かすことができるのです。
手の小さい私。こだわった「持ちやすさ」
一歩ずつ、着実に開発は進んでいました。しかし私には、どうしてもこだわりたいポイントがありました。それは、「持ちやすさ」です。私自身、手が小さく、ヘアドライヤーに形状によって、持ちにくいと感じることがあります。同じような悩みを抱えるユーザーのためにも、「ケアドライヤー」は、絶対に持ちやすいプロダクトにしたいと考えました。
持ち手の部分を少し曲げてみたり、円形にしてみたりと、持ち手の形状もさまざまな試作品を作成し、試してみました。最終的に辿り着いたのが、細い楕円形状のグリップでした。これなら手の小さい方でも、握りやすく、髪へ近づけやすい。そこには、手の小さな私が体感した、実際の使用感も入っていますので、自信を持ってお伝えできます。
髪がきれいになると、自分をもっと好きになれる
いくつかの問題に直面したものの、私は常に前進し続けることで、ついに、「ケアドライヤー」は完成を迎えました。発売後は、「髪がきれいになって、うれしい」といった声がいくつも届き、私は大きな喜びに包まれました。今回「ケアドライヤー」を生み出す過程で、ずっと考えていたのは「髪がきれいだと、がんばれる」という私自身の想いでした。ヘアドライヤーは、髪を乾かす道具ですが、その道具によって、心を豊かにすることもできる。そう信じて、開発を続けていました。
2020年には、グッドデザイン賞も受賞。「手早く髪を乾かしたいニーズと、髪の潤いを守りたいニーズを合わせるヘアドライヤーとして、TB-G008の低温ドライヤーと遠赤外線照射技術の組み合わせは、1つの効果的なかたちだろう」という評価をいただいたことも、非常にうれしく思いました。
私たちにとって、髪は大切な身体の一部です。だから髪がきれいになると、自分をもっと好きになれる。髪を労わることが、結果的に自分を労わることにもなる。「ケアドライヤー」には、そんな効果があると私は思っています。ぜひ多くの方にご使用いただき、ひとりでも多くの方を「ケアドライヤー」を通じて、笑顔にできたら嬉しいです。
鮎沢 紗希(あいざわ・さき)
ツインバード 企画デザイン部
2018年、新卒でツインバードに入社。企画デザイン部に配属。2019年よりケアドライヤーの開発メンバーに就任。ケアドライヤーほかに、美容製品の開発に携わる。
商品開発における信条は「いちユーザーとして、自信を持って“よい”と思えるものを届ける」。
ケアドライヤー TB-G008JPW
ケアドライヤーは、低温度・低風量と新開発”ケアフィルター”によって、髪をダメージから守りながら乾かすことができるドライヤーです。遠赤外線を発生させる、独自開発の十字形「ケアフィルター」を搭載。均等な低温度の風をおくり、優しく髪を速乾させます。